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社長のつぶやき

3.11東日本大震災から10年。

今日であの東日本大震災から10年が経ちました。あの日、東北地方を中心に数多くの尊い命が奪われてしまいました。被災された皆さまに心よりご冥福をお祈り申し上げます。
当時のことを振り返ると、私はまだ専務取締役として仕事をしておりました。あの日本社の2階で仕事をしており、あの強く長い横揺れに耐えつつ、建物が潰れるかも?という不安を感じたのを覚えています。
その後停電してしまったので、車のエンジンを掛け見た津波の映像は、一生忘れることはないほどの衝撃でした。その後、世の中から1つも明かりの無い真っ暗な夜を経験しました。また乾電池とカップラーメンを買いにコンビニに行くと、商品をたくさん抱えたお客さんがコンビニの外に並び、電卓で決済をしてもらうために中に入り、車で帰るという日本人のモラルの高さも経験しました。

山形の被害は被災地と比較にならないほど少なかったのですが、それでも仲間(当時山形青年会議所に所属)からのツイッターで炊き出しの案内が届き、翌日から桜田小の炊き出し手伝い、そして福島からの避難客へのおにぎりを届けたりと出来ることを実行してきました。しかし、行政の対応の難しさも目の当たりにしました。例えばおにぎりを持っていくも、全員分揃わないと配ることができないというルールがあったようで、せっかくの暖かいおにぎりが冷たくなってしまうんです。そこでこのジレンマを打破するべく仲間が集まり、落合スポーツセンターで炊き出しをさせて頂きました。暖かいスープを食べて頂けたのは本当に良かったと思います。その頃の日課といえば毎朝ガソリンスタンドに並んでは10リットル入れて出社して、夜になると炊き出しをしていました。

また毎日のように募金活動をしたことを思い出します。そんな時、実は俺も被災したんだけど、いつも頑張ってるからと募金を頂いたことを思い出します。


そんな日々を送る中、弊社では春先に地域貢献として成沢地区クリーン活動として協力会社様と共に30名ほどでごみ拾いをしておりましたが
震災の最中成沢も大切ですが、皆で被災地支援をしようという事になり、亘町の避難所で炊き出しをさせて頂きました。


その時避難している方から、被災して初めて暖かい物を口にしました。という言葉。。何も悪いことをしていない方々がすみませんという言葉を連呼する。被災してみないとわからなかった事が沢山ありました。また、避難所にはペットを連れていけないこともこの震災から学ぶことができました。

私にとって、10年前の東日本大震災は大きな分岐点となり、津波など自然災害に強いSW工法以外は建てないと決めました。また福島の原発被害により日本のエネルギー問題が大きく変わり、省エネはもちろん、ゼロ・エネルギー住宅も進んで取り組んできました。さらに耐震等級3を標準化し、ペットを置いて避難しなければいけない家ではなく、地震がきても安心して住み続けていられる耐震性を備えるようにしています。停電したときに一番困るのは情報源でもある携帯の電源です。そんな時も太陽光発電があれば充電ができます。こんなレジリエンス力の高い住まいを進めてきたおかげで、山形県内本社では数社しかいない5つ星ZEHビルダーに認定されております。

震災は、人々の暮らしを一変させてしまう恐ろしい出来事です。これを防ぐには予報ではなく予防しかないといわれています。
自信に負けない高耐震な住まい!高性能で停電しても凍えない家!そして太陽光発電や蓄電池でレジリエンス力の高い住まいを今後も作っていきます。これが持続可能な社会へ繋がっていくと私は思います。震災で大切な資産を守ることはSDGs1(貧困をなくそう)につながり、高性能で高耐震な住まいは3(全ての人に健康と福祉を)11(住み続けられるまちづくりを)につながると考えています。

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